Previous Page | Top Page | Forward Page

2006年08月04日

クリエイティブに投資する

060803.jpgそうさせることを生業としている自分にとって、「ビジネスになる」ということと「クリエイティブ」であることの垣根は常に二律背反である。

「売れるもの」=「クリエイティブ」とは正しくは無い。「売れるもの」という発想は、今もなお市場が求める形態であるというか、「コンビニ的発想」の商品開発がまかり通っている消費者と開発者とのアンバランスな構図が、「モノのあり方」をおかしくしているのは一理あると思う。

今日は、久々に至極真面目な日記である。

「売れるもの」とはなんなのか。その行為を遡ると「欲しくなるモノ」と解く事が出来る。

あくまでも遡ると、だ。

つまり、「売れるもの」=「欲しくなるもの」ではない。

「売れるもの」をデザインする事は出来る。市場を分析して、大多数にアンケートを取り、開発者の責任を放棄したカタチで表現する。

しかし、落とし穴はここだ。

アンケートは結果ではない。結果は市場にこそある。

「売れるもの」は、すでに市場に蔓延した産物の焼き直しである事が多く、また消費者の意識も「認識できる」「知っている」という、「マス」的な発想を根源としている。

開発者こそが欲しいと思うもの。つまり、市場には無い「未来の売れるもの」候補にこそが「クリエイティブ」であると思う。

企業はそこに投資するのだ。投資する価値があるからこそ「クリエイティブ」が「ビジネスになりうる」(あくまでも「なりうる」)のであると思う。

世の中にある「売れるもの」をデザインして下さい。全くナンセンスである。

「今売れているもの」は「売れなくなるもの」の最有力候補だ。

制作者のモチベーションが下がり、質が落ちる。

僕は自分も含め、開発者の「欲しい」と思う気持ちが何よりも大切だと思う。

責任を感じればモチベーションも上がる。本当に質の良いものが出来れば、あとは時代がそのモノに追いついているかどうかだ。

モノが時代に追いつこうとしているのでは話にならない。

トレンドリーダーという狭義の世界ではなく、本当の意味で市場を切り開く「欲しくなるモノ」を、投資の対価として、正しく供給して行きたいものだ。

忘れたくないのは「クリエイティブ」の本質が「自分の意識の中にある」という事だ。僕はそれを「表現する立場」であり、企業はそれを「生産・供給する立場」である。そして、そうあり続けたいものだ。

わたくし、iDの一番好きな言葉は「可能性」であります。^^;

印刷・ホームページ制作はstudiobp