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2007年08月09日

個人の時代“人間力”

070808.jpgわが故郷、天王寺に日本一のビルが建つそうな。
完成は2014年。横浜のランドマークタワーを抜いてのNo.1みたいだけど、完成までにそれより高いビルができたら、やっぱ作っててテンションさがんのかな?

っていうか、なんで高いものを作ろうとするんやろ。上へ上へ。
オレは高いとこ嫌いやから、いっこも嬉しくはない。

ま、近々富士山は上るつもりでいますが。ここはパワースポットという事でね。

あと、あの天王寺にそないに高いビル作っても、きったないもんしか見えんやろ。んで、この完成予想図!詐欺やで!希望的観測にも程があるわ。

っていうわけで、今日久しぶりに大阪の悪友とTELッたわけで、彼も半フリー状態でモノづくラーで頑張ってました。東京に来てから、仕事以外の友人とゆっくり話す機会もないので、電話とはいえ、良かったもんだ。
ここでは書けない様な事ばっかりだったので、敢えて割愛するが、結果的にこの半年くらいで見えたものは予想以上だった。何より痛感させられた事は、人生努力で何とかなるもんではない。実績も作って当たり前、キャリアもあって当たり前、なにより努力して当たり前。そして、この先怖いのはうまい事行った時の地に足がついてるか具合。なんか、人間として試されている様な気がしてならんわけです。

歴史という統計学的な観点で、自分の立ち位置を考えてみると、文明開化以降くらいのポジション
まだまだ、國は難関が待っているな。文明開化がもたらした悪魔が日本を戦争へと導いたように、またこの國では「なにかおかしい」事が起きる様な気がする。まさに、何年周期か分からんけど、期末テストか中間テストみたいに「試される時期」って人にも國にもあるんやね。
でも、結局人の集合体が国という単位なんやったら、結局は国がどうこうじゃなくって、個人としての力、人間としての力×その数が国としての力だと思う。総理が変わったところで、結局万人が満足する結果は得られないだろう。個人の力が国としての存在意義を超えるほどのものをもたらすほどの事が求められている。
人間というのはまったく「宇宙」と同じくらい壮大で、無意味で、可能性を秘めている。
突出したリーダーシップを持った人間がヒトラーになるかキリストになるかは、サイを投げてみないと分からない。しかし、迷った世の中はそういう人を求めている。でも、そんなもん他力本願や。

今まで通り、同じ様にはいかんと思う。もう十分混乱しているこの世の中で、こんなにも試されているって思うのは、個人の力を磨く上では、べらぼうにラッキーな事であろう。不謹慎やけど。

さてさて、頭の中のメッセを書き留めたら、またも取り留めのない文章に。
当分大阪に帰るのもあり、またブログ自体のシステム&デザインをリニューアルするので、ちょいと更新ストップします。また逢う日まで。逢える時まで。

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